2011年06月19日

今日は何の日

少しばかり、ブログ更新をサボっていたら、今日は父の日。
毎年、そうですが、やはり「母の日」に比べるとかなり「マイナー」です。市場規模(流通業界ではそういう風に捉えているそうです)も母の日に比較したら、かなり小さいらしい。プレゼントの単価が略同程度だと仮定したら、実際にプレゼントを贈る人口は少ないのでしょう。
その父の日も、今年の事前の報道では「今年は父の日にちょっとした異変がっ!」というふれこみでした。
3.11の大震災で日本人の殆どが「家族の絆、大切さ」を見直した、今まで、家庭内での「お父さん」は存在が希薄であったが「今年は違うゾっ」。
なるほど、そう言われると、納得してしまいます。ところが、この週末からの新聞の折り込み広告をみても、いつもの週末と変わりません。「父の日大特集」なる大見出し文字は見当たりません。
あの報道は「流通業界」の意図的な報道だったのではと思えるほど。まあ、ひがんでも仕方ありません、父の日って、てっきり「ホワイトデー」と同じ発想で付け足された日だと思い込んでいましたが、どうもそうではないらしい。

ウキペによると、
1909年にアメリカ・ワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッドが、彼女を男手1つで自分を育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけだそうです。彼女が幼い頃南北戦争が勃発。
父、ウィリアムが召集され、彼女を含む子供6人は母親が育てることになるが、母親は過労が元でウィリアムの復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、ウィリアムも子供達が皆成人した後、亡くなった。
最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた、当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まったということです。

1世紀近い歴史があるということになります。
一方、今回の大震災で「父親」を亡くした家庭は相当数になり、残されたご家族のことを思うと心が痛みます。逆に「母親」を亡くして、「お父さんが男手で頑張っている」ご家庭も多いと思われます。「父親」でいられるからには、家族に対しても、社会に対しても、それ相当の役割を果たしていかなくてはならいと感じた一日でした。
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posted by セバスチャン at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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