2011年04月30日

世界女王

今日4・30はフィギュアスケートの世界選手権最終日、つまり女子決勝。今回の開催国はロシアでした。同一種目で、男女共に同時開催されるスポーツ競技は意外と少ないのではないでしょうか。
また、同時でない場合は、歴史的な経過が影響してか、男子決勝がファイナルというケースが殆どです。例えば、オリンピックのマラソン、女子は中日のメーンイベント、男子は最終日のメーンイベント。
しかし、フィギュアスケートだけは、女子シングル決勝がメーンイベントです。やはり、銀盤上でのテクニカル&アート性となると、ダイナミックさでは男子シングルに及びませんが、華麗な演技という点では、女子。

そのフィギュアスケートの世界選手権で、安藤美姫が五輪金メダリストのキム・ヨナを破り、4年ぶりに世界女王の座に復帰しました。
安藤美姫と言えば、浅田真央がデビューするまでは、それこそ「ミキティ」として、マスコミの話題を独占している時期がありました。
彼女の4回転ジャンプも大いに話題になったものです。
所長が弁理士試験の受験生だった頃は、まさにミキティ最初のピーク時期。某受験機関の看板講師曰く「君たちは、一番になる必要はないんだっ!合格すれば良いんだっ、そのためには、特・実、意、商と4本の論文を、バラツキなく60点以上にすること!30回に1回成功するかどうかわからない4回転jジャンプはやるナッ!」ときつく言われたものです。
逆に、それ程の話題性があったミキティ。

そのミキティも、浅田真央の登場で、マスコミの移り気な報道の前には、かつての輝きを失くしていました。試合前から、ストーリを持って取材するマスコミですから、安藤が良い結果を出しても、良い結果を出せなかった浅田真央の報道が中心という時期が続きました。

そういう、どん底を経験していく中から、4回転を封印し、体調を整え、技術よりも芸術性に磨きをかける姿勢に転じて、少しずつ安定して表彰台へ上る、という最近のミキティというより安藤美姫。
その地道な姿勢が、今日の世界選手権での優勝、世界女王へとつながったのでしょう。

今回は東日本大震災の被災者への思いも強かったようです。子どものころ、交通事故で父を亡くしている彼女は「スケートで笑顔になれた。父とスケートを交換した感じ。自分の演技を見て、一人でも多くの人が笑顔を取り戻せたら」との気持ちが、演技を支えたというコメントを残して、大会後は世界中のトップスケーターとサンクトペテルブルクで震災復興支援のチャリティーショーに出演するそうです。
この時期、表彰台の真ん中での君が代は、本当に日本人に勇気を与える快挙でした。
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posted by セバスチャン at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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